10: 男木島図書館ができるまで

男木島図書館

第一回の男木ラジオでは、「男木島図書館の話をそうそうにやろう!」と話していたのが、すでに第10回となってしまいました。今回は、満を持して福井大和・順子夫妻に来てもらいました。福井大和さんは大阪でIT関連企業を経営しつつ男木島の連合自治会の自治会長をしています。福井順子さんは男木島図書館の館長です。

男木島図書館は私達家族にとっては、移住のきっかけであり、普段の居場所です。WordPress 関係のイベント会場、面白い人がやってくるのを目撃する場、お昼ごはんやお茶とおやつ、夕飯会をする場所でもあり、、、あまりにもたくさんの要素や語られるべきことがありすぎて収録が一回では終わらないだろうと思いまして、まずは「男木島図書館ができるまで」というタイトルでお届けします。

男木島図書館|Ogijima Library

前半では、福井家(大和さんと順子さんと娘のひなたさん)が男木島に引っ越してくるまでのきっかけとなった出来事や気もちの動き、フェリー「めおん」での偶然の出会い、行政への働きかけの話を聞くことができました。不覚にも収録中に少し泣きそうになりました。

後半からは、どういう想いで男木島図書館を建てることにしたのか、実際に図書館が出来上がるまでの準備、建築作業の様子、クラウドファンディングのことなどについても伺いました。1年間という期間の中で設計士やデザイナーなどの専門家、島の人たち、島の外から来るボランティアの人たちが関わってできあがっていく様子についても語ってもらいました。

現在、男木島図書館では「男木島図書館ができるまで」という展示も行われています。今回の収録はその展示スペースで聞かせてもらいました。これまでにないエモーショナルな回なような気がします。ぜひ音声の雰囲気を味わいながら聞いてみてください。

以下には、全体の書き起こしもあります。書き起こしは書き起こしで、いろいろリンクをしているのでそちらも参考にしてください。

伸一: こんにちは。

真理子: こんにちは。
男木ラジオです。男木ラジオは、瀬戸内海に浮かぶ人口175人の小さな島『男木島』に暮らし始めた家族と、その仲間たちの近況報告ラジオです。

第10回の今日のタイトルは、『男木島図書館が出来るまで』です。

伸一: 今日はゲストは、大和さんと順子さんです。

大和さん: こんにちは。よろしくお願いします。

順子さん: はい、こんにちは〜。

真理子: よろしくお願いします。

伸一: よろしくお願いします。・・・会長!(笑)

大和さん: あ・・・(笑)

伸一: 男木島の自治会長の大和さんと、男木島図書館館長の順子さん、ご夫妻で来てもらいました。

今日は『男木島図書館が出来るまで』の話を聞こうと思います。

男木島図書館とは

まず『男木島図書館』っていうのは、わかり易く言うと何ですか?

真理子: わかり易く言うと・・・男木島にある私設図書館でしたっけ?

そう、民営図書館。今はNPOにしてます。

真理子: NPOで運営していて、その館長が順子さん。

伸一: 古民家を改修、イノベーションして。何だっけ、ヴィンテージ・・・

大和さん: 『ヴィンテージ・ハウス』。

伸一: (笑)ヴィンテージ・ハウスを改修して。で、1年ぐらいかかって。

順子さん: 改修が丸1年。でも丸1年でよく出来たよね。今思うと(笑)

真理子: 今ちょうど、図書館に展示がされてるんだよね。『男木島図書館が出来るまで』っていう写真が。

伸一: 写真展だね。展示スペースもあって、本がいっぱいあって。その本の前で写真を撮るとすごいフォトジェニック(笑)。何でもかっこよく写るから。

順子さん: なんでもいい感じに撮れる(笑)。

伸一: バナナとか撮っても、すごいかっこよく写る(笑)。イベントの写真とかアップしたら、もういきなり。

真理子: キレイだよね。

伸一: で、前にはお庭があって。

真理子: 今はダモンテ商会もあるからカフェもあるし。

男木島図書館の目の前にある老人と海と名付けられた小さなお店のためのカウンタースペース。
男木島図書館の目の前にある老人と海と名付けられた小さなお店のためのカウンタースペース。

伸一: 2階建てで、煙突があって。

大和さん: 薪ストーブもあるし。

伸一: 薪ストーブあったかいですね。

順子さん: 絵に描いたような古民家。

大和さん: 『ヴィンテージ・ハウス』!

大和さんと順子さんとは一体何者なのか

伸一: そもそも、ずっと男木島に暮らしているわけではないんですよね。

大和さん: 私はUターン、順子はIターン。

伸一: 大和さんは男木島育ちなんでしょ?

大和さん: 男木島育ち、男木島生まれ。

順子さん: ネイティブ男木島(笑)。

大和さん: 数少ないネイティブ(笑)。

伸一: いま僕らが普段接する人で男木島ネイティブの人って言ったら、あとは・・・ヤヨイさんとか?

大和さん: アツシさんだけ。

伸一: その他の男木島に居る30代・40代の人たちは・・・20代もか、みんな移住組。

順子さん: その移住が、ここのところ40人ぐらいになったんだけど、その第一陣。

男木島移住の先駆者、なぜ島へ?

伸一: 教えてください!どうしたんですか!?

大和さん: どうしたんですか?(笑)。

伸一: だって、僕らが来た頃にはもう。図書館もあるし学校も開いてて、保育所もあって、みんな居る・・・っていうところに来たんですよ。でも福井家はそうじゃないわけでしょ?

順子さん: そういえば、きちんと話したことないかも。

伸一: 「引っ越すぞ」っていう時の話?

順子さん: うん、なんか西川さんたちとそういう話を。

大和さん: 大体、私が飲んでグダグダになってそこまでいかない(笑)。

伸一: (笑)そうかもしれないですね。
だって、僕らにとっては当たり前だからね。「大和さんと順子さんが居る」っていうのが男木島だからさ。

順子さん: 元々は、結婚する・・・

大和さん: そこまで戻る?(笑)

瀬戸内国際芸術祭がはじまる前の2000年代の男木島

順子さん: すごく元々は、結婚する前にまだ友達で喋ってたときに、島出身なんだって聞いて。「・・・島!?」って(笑)。なんか想像がつかなくて。
最初、その時は「じゃあ、みんなで島に遊びに行こう。何持って行ったらいい?」って聞いたら「ナイフだけ持ってきたらいい」って(笑)。

伸一: 無人島に持ってくもの(笑)。

順子さん: 「どんな島なの!?」って(笑)。でもまあ、結婚する前くらいにご挨拶とかもあってこっちに来たら、そんな無人島ではなかった。

伸一: あー!そうかそうか来てるんだ!その時は人口は何人ぐらい?

大和さん: それでも230人とか・・・200人。300人は切ってたと思います。

伸一: 今より多いんだ。それがいつですか?

大和さん: 14年ぐらい前。

順子さん: 船も、思ってたより大きかったし。

伸一: そのときはもう『めおん』?

大和さん: 『めおん2』が新しかった、まだ。うちのおじいさんも漁に行ってたもんね。

めおん2から見えるめおん
めおん2から見えるめおん

順子さん: そうそう、まだ漁に行ってて。

伸一: 『何丸』ですか?

大和さん: 『ダイフクマル』・・・まる・・・『丸福丸』!

伸一: 『丸福丸』、可愛い。いいね。

順子さん: でも結婚する時に、なんかもう「島込み」で結婚してるから。「いつかは島に住めたらいいね」って思ってて。

伸一: その時の「いつか」ってどのくらいのイメージなんですか?

順子さん: その頃の「いつか」は、いわゆる定年退職世代ぐらい。

大和さん: 娘が成人して、手がかからなくなるぐらい・・・かな、っていう。

伸一: 大阪ですよね。

順子さん: そう、その時住んでたのは。大学で知り合ったから、大阪にそのまま住み着いちゃった。

真理子: 当時は学校ってあったんですか?男木島。

大和さん: ありましたありました。2011年まで。
中学校3年生が卒業するまでは・・・小学校は休校でしたけど、中学校はあった。小学校と中学校が両方とも休校っていうのが2011年で初めて。それまではどっちかが休校になっても、小学校から上がるから。

伸一: ちっちゃい子が「今度小学校に上がりました」ってなったら、セーフ。

大和さん: そうそう、セーフ。というので、僕が居た時でクラスで4人、最終は・・・9人だったかな、中学校卒業する時は。

伸一: 中3が・・・9人?

大和さん: 4人。4・1・4。(中3=4人、中2=1人、中1=4人)

順子さん: 「同級生何人いたの?」って聞いて「3人」って言われて(笑)。意味がわからない。

伸一: 増えるといいね。優花が今、同級生が1人で。同じクラスで勉強してるのは2人だからね。

大和さん: 私も最初2人でスタート。そして1人増えて、6年生・・・5年生の時にもう1人増えて4人だから。

伸一: で、そのまま中3までみんなでいったんだ。

順子さん: お休みのたびとかには男木島にけっこう来てたから、馴染みはずっとあったんだけど、2010年に最初の瀬戸内国際芸術祭があるって言って、なんかその時ちょっと島がザワザワしてたんだよね(笑)。

瀬戸内国際芸術祭のウェブサイト
瀬戸内国際芸術祭のウェブサイト

大和さん: してたしてた。

伸一: それは「盛り上げて行くぞ!」みたいな?

順子さん: いや、そもそもどういうものが始まるのかわからないし。みんななんか「どうなるんだろうねぇ〜」みたいな。

伸一: なんかアーティストが来るんでしょ?モノ作りに来たんでしょ?

大和さん: 最初の時はね。滞在型の。

順子さん: その前の・・・今、交流館の建物がアーティストが来る前に工事が始まって。「なんか・・・建物ができ始める!」みたいな。瀬戸内国際芸術祭で。

伸一: そっか、もしかしたら男木島に新しい建物が建つっていうのは・・・今、新しいので言うとコミセンとか?ちょっと新しいじゃないですか、築100年とかに比べたら(笑)。
あんなところに、港をちょっと出たところに建物が建つ!って言ったら確かにざわつくかもしれないね。

大和さん: 前もあそこ、海ですからね。完全に。

伸一: あ、なんか聞いた。コミセンの前までずっと・・・

順子さん: 海だったって。私が来たとき、もう埋め立ては始まってたけど、でも堤防とかはあんなキレイになくて。

伸一: だってみんな『ゼロ番地』って呼ぶもんね。

大和さん: 『ゼロ番地』は・・・そうそう、海の上の埋め立てた辺りを『ゼロ番地』。

伸一: 交流館は住所とかあるんですか?

大和さん: 多分あったはず。新しく追加してると思う。『ゼロ番地』は所有者不明でなんとなく埋め立てられた場所がいくつかあって。

伸一: じゃあ、違うんだ。全部が『ゼロ番地』じゃないんだ。

大和さん: ないです。行政がきちっと主導して作ったエリアと、そうじゃない自然発生的に出来た土地だとまた違う。

伸一: じゃあ、暫く時々来てたっていう時期があって、2010年を迎えて。

順子さん: で、瀬戸芸があって。私とかから見ると・・・恐ろしいほど人が来て(笑)。

大和さん: 最初はすごかった。

順子さん: 今まで『めおん』とか、高松からこっちに来る船に乗ってても、そんなに・・・そこまで満員にはならない。必ず空席があるような状態だったのが、瀬戸内国際芸術祭の時にはもう・・・難民船みたいに(笑)。

めおんに人がたくさん乗ってくる様子。
めおんに人がたくさん乗ってくる様子。

伸一: 人口が「200人です」とか「100何十人です」って時に、『めおん』一艘で・・・300人ぐらい乗ってくるわけで(笑)。

順子さん: そうそうそうそう(笑)。

伸一: それでブワーッっと乗って出てくる。で、帰りの人がまたズラーッっと並んでて。それが1日5回もあるとかってさー。

順子さん: でもその時はまだ「来る人」だったから。住んでたわけじゃないから「なんかすごかったねー」「すごいねー」みたいな。

大和さん: まだ部外者の。

順子さん: そんな感じで見てて。大和さんはなんか、それぐらいから島のことをソワソワと考えるようになったのかなーって。

大和さん: ソワソワと。

(全員:・・・・・・(笑)。)

伸一: 今、大和さんが服に付いてる・・・なんていうのオニノヤを取り始めた(笑)。

大和さん: イノシシが入ってきたのをちょっと見てて、それで多分(笑)。

伸一: ちょっといいですか?(笑)
「今日これ(Podcast)やりましょう」ってなって、その前に「コーヒーとかあったらいいよね」ってダモンテさんとこにコーヒーとかお茶とか頼んでさ。そしたら薪を割り始めるでしょ?寒いからって。で、イノシシが石垣を崩した塀を直しに行く(笑)。でオニノヤを拭きながら録音とか(笑)。

薪割りの図
薪割りの図

大和さん: ちょっと・・・まあオニノヤついてたらちょっと失礼かなと思って。

(全員:(笑))

真理子: ここにも付いてますよ(笑)。

大和さん: いや、でもまあ。2010年の時もちょうど・・・僕たち私たち、大阪芸術大学っていう辺鄙な大学・・・

伸一: なんか染め物でしょう?

大和さん: 染織。民芸かな。一応そういうことをやってたので、自分の地元、島でトリエンナーレが開催されるっていうのはけっこう衝撃があって。

伸一: アート・フェスだもんね。確かに。そりゃあだって、結婚して時々寄ってた男木島と、アートの島みたいな感じになるのとは、文脈が全然違うもんね。

順子さん: 思ってなかった。観光とは無縁な感じだったもんね。

大和さん: 前は本当に会わなかったよね、帰ってきても。

順子さん: 会わないっていうのは、「観光の人」に。1人も居ない、観光の人とか。

真理子: 見に行くとしたら灯台ぐらい?

大和さん: それぐらい。灯台と、あと釣り。でも釣り客の人たちは港とフェリー乗り場を行き来するだけやからほとんど会わないし。

伸一: 泊まるとしても、海沿いにある旅館。

大和さん: 夜通し釣りしてるから。夜来て、朝帰るっていう。

伸一: 瀬戸内海のいいポジションにある・・・

大和さん: 釣り場(笑)。いいとこそれぐらいだったかな。

やっぱり大きかった、東日本大震災の影響

順子さん: で、そうこうしてるうちに2011年に東日本大震災がおこって。私は実家が福島県で。

伸一: 一番の離婚の危機がそこだったんじゃないの?(笑)順子さん、写真を撮りに現場に乗り込んで(笑)。

順子さん: 写真を撮りに・・・うんまあ写真を撮りに行ったっていうか(苦笑)。その時、やっぱ東日本大震災ってすごくて。

2月、福島へ ― その1  [Fukushima at February 4,2012] – 僕等は人生における幾つかの事柄において祈ることしかできない 

伸一: 大ショック。

真理子: 私たちでもすごかったもんね。

大和さん: 西川くんたちはまだ東京に居たの?

伸一: 東京、東京。

順子さん: そこから私が個人的に、けっこう福島のことに一生懸命。ボランティア活動とかに動くようになってて、それで離婚の危機も(笑)。

大和さん: 「ちょっと行ってくるから。」「何処に?」「フクイチ(福島第一原子力発電所)。」「・・・はぁっ!?」って(笑)。

順子さん: その時ボランティア活動をしてたグループが、京都大学の放射線施設の主任の先生だったりとか、割とそういう研究者の人が多くて。「放射線量を測りましょう」っていうボランティアをしてたから、その時には(一般では)入れなかった区域に研究で入れる、っていう。それに一緒に連れて行ってもらえる。ただ、それを私は行く当日の朝に言って・・・(笑)。

大和さん: けっこう酷いですよ(苦笑)「・・・えっ!?」みたいな。結構マジ切れした・・・「あぁ、もうこれでおしまいかな」って真剣に。

順子さん: 「家庭内『報・連・相』をちゃんとしてください!」「・・・わかりました」って(笑)。

伸一: ギリギリだからね!事前報告になってるのは(笑)

大和さん: その後に「じゃ、ちょっとショッピングに行って来ます〜」っていうだけじゃないから。

伸一: でも、すごかったよね。震災はやっぱ。気持ちが変わったもんね。「何だろう・・・この世界は」みたいな。

大和さん: 大阪でも揺れたもんね。

順子さん: 揺れたしね。「明日、死ぬかもしれない」っていうことがわりとリアルだな、っていうのを目の当たりに見たし、感じたし。でもだからっと言ってすごく行動が・・・もしかしたら、はたから見たら変わったかもしれないけど・・・そんなに変わったつもりは無かったんだけど(苦笑)。

大和さん: どうする?明日、真理子さんが「フクイチ行ってくるー」って突然言い出したら。

伸一: 「え・・・俺と・・・ひなた(娘)は?」(笑)。すごい心配しながら過ごすっていうか・・・情報が入ってこないし、わけ分からなかったもんだって。俺らは1回京都行ったんですよ。揺れて、その後Twitterがすごいことになってて。

真理子: 関東もなんか・・・ね。

伸一: 「計画停電がありましたー」とか・・・

大和さん: そうそうそう、そういう仕事やってたからずっと。

伸一: 何?

大和さん: Webサイトで計画停電の何%です、みたいな。「家電をどう電力設定すればいいですよー」。

伸一: うちらはストレスで逃げたんですよ。わけ分かんないの。「ここに居たら死ぬ」っていう情報と「全然大丈夫です」みたいな話があって、「どっちなんだ!?」って。けっこう計算とかしたもん、数値がなんとかとか・・・わけ分かんなくなって。SMAPのCMが流れた時に「あ・・・この人たち見たら安心した・・・スターなんだぁ・・・。。。もう駄目だ!」(笑)。

大和さん: 正しい判断だと思います。とりあえず「危険な場所から、まず離れる」というのが。

伸一: 仕事も手につかなくなってね。
優花が1才だったから。でバーッっと逃げて。そしたらけっこう安心したんだよね。なんか風呂屋に行ったんですよ。番台さんがテレビ見てて、赤い消防車とかがビュービューッと水をかけてるところで「はぁ〜・・・ブチッ!」つってなんかお笑いの番組に変えたんだよ(笑)。「すげー!京都はこういうテンションなの?」って

順子さん: お笑い番組やってるって(笑)

真理子: 温度感が違ったよね。

伸一: うん、違ったった。で、なんか「ぽぽぽぽぽ〜ん」みたいなACのCMが1日中流れてる・・・気が狂ってるよね、あの時の東京のテレビとかもさ。12チャンネルでさえ(笑)、テレ東でさえあれをやってるっていう時にさ。

でも、大阪がああだとやっぱ地元が福島だと、気持ちが・・・

順子さん: 周りはちょっと温度感は違ったけど。私がフクイチに行ったのは別に(震災当日の)その日じゃないし(笑)。1年経ってないくらいではあったけど。

大和さん: それでも、まだどうなるか(わからない)っていう・・・僕からの正確な情報が無い中で、何故まず真っ先に!?みたいな(苦笑)。

順子さん: でも、見ないと納得がいかないっていうか、わからないし。それこそ同じで「危ない」って話も「大丈夫」って話も聞くけど、見ないとわからないし、自分で勉強しないとわからないし。自分も誰かに対して「大丈夫」とも「危ない」とも言えないし。じゃあ、「まず・・・行こう!」と思って。

(大和さんが)怒ってる(苦笑)

(全員:(笑))

順子さん: ちょっとこの話は分が悪いので(笑)。

男木島移住、フラグ発生

順子さん: そういうことが2012年とかにあって。で、なんとなく私も大阪に居るけど福島のこと考えるようになって、大和さんも瀬戸芸とかをきっかけに男木島のことをけっこう考えるようになって。
その中で話をしていて、男木島は瀬戸芸っていう光が当たったことによって、そうじゃないタイミングで行くとけっこう閑散として人が居なくて。それこそ「どこどこの誰々が亡くなった」とか「あそこの家をもう取り壊した」とか、いわば暗い話が多いのが気になるというか。「男木島は男木島で・・・問題っていうか地域としての課題を抱えてるなぁー」みたいなのを、そんなにたくさん話し合ったわけじゃないけど、家庭の会話の中で考えてるなっていうのがわかって。

そうこうしているうちに2013年の瀬戸芸がすぐ来て。

伸一: その間も(島には)来てたわけですよね?一年中。

大和さん: ちょくちょく帰ってきてたりしたりとかして。彼女も彼女なりに福島といろいろ関わりを持ってやってる時に、ちょうど2012年ぐらいにブログとか書いてる時があって、だいたい男木のことを書いてて。でもそれは自分のもどかしさみたいな、「思うけど、何もできんな〜」っていうモヤッとしたのをずっと・・・

伸一: ブログって何?大和さんがずっと書いてたの?

順子さん: 『アパートメント』っていうWebマガジンがありまして(笑)。そこに最初、大和さんが声を掛けられて書いて・・・何だっけ?2ヶ月だっけ?

大和さん: 2ヶ月連載。超しんどかった。

順子さん: 2ヶ月連載をする、毎週なんか記事をあげるっていう。

福井 大和 | アパートメント

伸一: へー!それは大変だね。・・・あ、そうだ!この人、社長だからね(笑)。大阪のIT企業の社長だから!忘れてたその話(笑)。

大和さん: 「自治会長です」みたいな(笑)。IT・・・そうだね、IT。

伸一: そうか、それやりながらやってたんだ。

順子さん: で、その大和さんが書いたあとに、別のタイミングで私も書くことになって。大和さんはわりと男木のこと書くことが多くて、私は福島のこと書いたりとか。

額賀 順子 | アパートメント

大和さん: それきっかけで、高松の知人・・・『なタ書』っていう古本屋の人とそのブログを通して知り合うことが出来て。それの流れから「2013年に芸術祭始まってるけど、島でWebサイト作りたいって言ってるから、大和さんどうなん?」っていう話が、そっから流れてくるんですよ。

高松・なぞの古本屋さん – デイリーポータルZ:@nifty

順子さん: 「社長」っていう話しておいてよかった(笑)。

大和さん: そうそう、一応ね(笑)。

順子さん: そこからはわりと他でもお話してるようなことが多いけど・・・もう1回、話を知らない人のために(笑)。

そのWebサイトを作るなかで、今までにしては長く男木島に滞在することになって。

大和さん: ひと月半くらいかな。

真理子: 家族で来たんですか?

順子さん: 家族で来て。

大和さん: 夏休み。

順子さん: 私はまだちょこちょこ仕事があったから、何回か神戸に行ったりとか大阪に行ったりとかはしてたんだけど。その時私の居ないタイミングで大和さんが・・・その当時は休校になっていた学校でアートの展示があって、娘を連れて遊びに行ってたら、なんかうちの娘が「私、この学校に通ってもいいな」って。

伸一: あーやだ、泣きそう。

順子さん: それで大和さんが「・・・おっ?おっ?」って。

大和さん: 電撃が。

伸一: それまではどう考えてたんですか?さっきは「おばあちゃんになったら・・・」とか「子どもが大きくなったら・・・」みたいな感じだったけど。

大和さん: 私の中では「巻き込みたくない」っていうのがあって。

伸一: あー・・・子どもの人生ごと。

大和さん: そうそう。それをやるとイヤイヤになってしまうし。どういうふうな納得というか・・・理解のされ方・・・

伸一: その頃ってひなちゃん(福井家の娘さん)いくつ?

大和さん: (小学校)4年生。

伸一: あー・・・そうだよね・・・それは。僕らも次の引っ越しは子どもと話し合いながら!って決めてるんですよ。ここに来るところまでは親で決めたじゃん。4年生って言ったら一番、子どもなりの・・・

順子さん: そうそう。環境も友達も出来てるし。別に大阪の学校で人間関係が上手くいってなかったってわけでもないし。

伸一: すごいね。その時に自分から・・・ひなちゃんが。
その時って、いま学校建ってるじゃん?新しい新校舎。あれが建ってるところに古い校舎があったんですよね?僕ら来た時はもう下の浜っていうか、港に仮設の校舎があって、そこが学校だったんだけど、そこでアートの展示を、旧校舎を利用してやってたんですね。

大和さん: 2013・・・いつだったっけ?そこもけっこう急ぎでやって、娘が「帰りたい」ってなった瞬間に・・・

順子さん: 「帰りたい」じゃない、「帰ってもいい」(笑)。

大和さん: (笑)帰ってもいい、ってなった時に「どうしよう・・・」ってなって。でも、予感としたら、多分すごく物事が動くっていう・・・社長のカンっていうか(笑)。「ここで全張りだ!」って思って。

男木島移住、まずは学校再開が必要

伸一: その時って学校は閉まってるわけでしょ?行く学校がないですよ。そこからどうしたんですか?最初に3家族いたじゃないですか。当時オープンする・・・オープンと言うか(笑)再開。まだ2014年度でしょ、だって。

順子さん: その時に大和さんから話を聞いて「じゃあ別に越して来たらいいんじゃない?」って私も言って。ちょっと長期滞在した時に、私もここで仕事ずっと続けてて「あー別に出来るなー」とも思ったし。なんか大和さんがいろいろなこと考えてるのもわかったし、「いいんじゃない?」って言って。でアツシ兄という人に・・・

伸一: 漁師!壺引き名人!(笑)。

アツシ兄は、この写真の左奥に写っている。手前にあるのがアツシ兄が底引き網漁で引き上げた壺。テレビの取材が来る騒ぎになり、結局1300年前の須恵器の横瓶だということが分かった。
アツシ兄は、この写真の左奥に写っている。手前にあるのがアツシ兄が底引き網漁で引き上げた壺。テレビの取材が来る騒ぎになり、結局1300年前の須恵器の横瓶だということが分かった。

大和さん: キラー・コンテンツ(笑)。男木島のキラー・コンテンツ。

順子さん: (笑)アツシ兄っていう人に・・・それまでの間に男木島にちょこちょこ帰ってきてる時に一緒にお酒を飲んだり麻雀をしたり(笑)。顔見知りになって話す状態だったし、娘もアツシ兄のところのお子さんと遊んだりしてたから。たまたま私1人の時に『めおん』で一緒になって、「うちの娘がこう言ってて、大和さんが帰ってこようかなーみたいになってるんやけど、アツシ兄のところ・・・学校一緒行かん?って言ったら行く?」って言ったら「行く!」って(笑)。

伸一: (笑)なんていういい話なんだ。そっかぁ。

順子さん: で、アツシ兄のところが学校の事情にちょっと詳しいというか。元々男木島に住んでて、子どもたちも男木の小学校にあげるかどうか悩んで。で、1人しか居ないからやめたっていう経緯があったから。あと「教育委員会には半年前に言わないと開かない」って教えてもらって。「3人は必要だ」とか。

大和さん: 「2世帯は必要だ」とか。

伸一: でも、「2世帯・3人」はその時点でクリアだったんですね。

大和さん: 「まずここの2家族で行こう」って。

伸一: 『めおん』っていいよね。あの40分間の間に、会うとけっこう話がすすむっていうか。

大和さん: 密室(笑)。

順子さん: それで戻ってきて大和さんに「アツシ兄がこう言ってたよー」って言ったら、「じゃあ、教育委員会に電話してみるわ」って。それはでも8月末くらいだったんじゃないかな。それか9月頭か。

大和さん: これでもね、その直前ぐらいに『アパートメント』のブログで書いてて。(8月)20日くらいの日付だったのかな?その時までボヤッとしたまま書いてるから・・・帰るも帰らないも書いてないし。
でもその1週間後くらいに、それが9月のあたまか、大阪に帰ってるタイミングで電話したら「学校は開かない」と。いろいろ理由・・・耐震だとか予算だとか。

伸一: あー、電話したら「開かない」って言われたの。

大和さん: 「休校した状態だから出来ませんよ」と。「じゃ、その話し合いが出来るのはどのタイミングですか?」って聞いたら「10年後ぐらいかなー・・・いろいろ順番もあるので」って。

順子さん: で、それを電話の横で聞きながら結構どんどんどんどん怒り始めて(笑)。1時間ぐらい喋って電話切って。「10年かかるって言われた・・・」10年経ったらうちの子ハタチやん!って(笑)。

もっと簡単に開くと思ってたから。公立の学校で、しかも閉校じゃなくて休校だから、そこに住んで通う人が居て、条件さえクリアしてたら簡単に開くのかな、って。そしたら「開かない」って言われたから。でもそれって、『子どもが住めない』『この島を故郷にする子どもが居なくなる』『子育て世代が住めない』ってもう・・・「島に滅べって言ってるのと同じじゃん!」みたいになって・・・大和さん激怒(笑)。

大和さん: 「全張り!」って決定しましたねそこで。その前から全張りで行くってのは決めてたから、「もう何があってもいくぞ(怒)!」って。

伸一: 大和さんが時々、「みんな子どもに優しくていいですね」みたいな話をすると、「1回、学校が完全に閉まった期間があった」って。それで子どもが居なくなるわけよね、未就学児はギリいたかもしれないけど。走り回って遊ぶ子どもとか、成長していく子どもが居るとかは「ない」って状態になったあとに、ポコンッって小学生が増えたりすると・・・多少うるさくても(笑)。

でも、それ「滅べ」ってことだよね。あとはだって・・・

順子さん: そうそうそう。だって・・・居なくなっていくだけだから。

大和さん: まあ、かつてない怒りやったね。「黙ってフクイチ行った」っていうぐらい(笑)。

伸一: (笑)この話、尾を引きますねー。

大和さん: でもそれぐらい・・・アツシさんも電話したら同じような回答で。「どうしよ?」ってなったけど、僕も単に正面から訴えるのは駄目だと。じゃ、インターネットもやってると。「・・・よし!拡散だ!」って(笑)。

真理子: 署名とかやったんですか?

大和さん: まずエサをインターネットに撒き餌して(笑)。そこに食いついてくるいろんな人が(居て)。で、事情を説明すると、各々方面で問い合わせが行くわけですよ。教育委員会とか高松市役所だとかに。

伸一: 大和さんが情報を出して、問い合わせがあったそこの人にキッチリ話をすると、そういう人たちから市とか行政のほうに連絡が行く。

大和さん: そうすると行政のほうも「あれ?・・・あれ?」「一個人だけの話じゃないの?」みたいな温度感になってきて、それが10日くらい続いた段階ですぐ教育委員会のほうから「Iターン・Uターンしたい人たちの本気度を知りたい」と。

伸一: 10日でそんなふうになったの?早いな。

順子さん: うーん、そんな早かったかな・・・でもやってる身としては全然早さは感じない。今はもっと早いんだけど、毎日イライラしてたよね(笑)。

伸一: 「なんなんだ!」ってことだよね。

大和さん: 半年っていうゴールまで見えてて、そこに間に合わすためには9月に高松市議会の議会があると。9月の段階で話が通ってなかったら、次の12月の議会に最終の補正予算がつかん、っていうのは聞いとって。だから9月議会で上がってテーブルに乗らんかったら、もう絶対無理なんだと。ていうの知ったら「次の議会にどうにか持っていかないかん!」っていうのはわかってて。

順子さん: アツシ兄と毎日毎日2時間くらい電話で話してて。

伸一: 「今あの人にこういうふうに話したから」みたいな。

順子さん: あと「どうなる・・・」「どうしよ・・・」みたいな。私よりアツシ兄と話してたよねあの頃(笑)。

大和さん: 電話代すごかったもん(笑)。
でもなんか、そういう自分のなかのエネルギーっていうか・・・ものすごい爆発した時があったから、今に続いてるんかなーっていう。スルッって入ってたら、たぶん西川くんたちここに居なかったかもしれない。ものすごいビッグ・バンだったから。そのビッグ・バンの起こった時間というか、密度が。すっごいちっちゃいところで起こったから、バーーンッっと縦方向に。

伸一: それで(学校)開くことになった・・・?

順子さん: 「本気を見せてくれ」みたいなこと言われた(笑)。

大和さん: 「本当なんですか?帰ってこれるんですか?」と。「ミヤシタさん(アツシ兄)は漁師・・・島の漁師してるから・・・あなたはどうせ会社経営者だから・・・っていうことでいいですわ」って・・・そんないらん心配してて(笑)。

伸一: (笑)会社経営してたら駄目なのかな?

大和さん: 「どうにかなる」って(笑)。そういったのがあって、「わかりました」っていう打ち合わせを島でしたんですよ。大阪に来るって言われてたんですけど、「いや、島に始発で帰るんでコミセンで打ち合わせしましょう」って言って教育委員会の人と打ち合わせして。仕事があったんで最終便で大阪に帰らないといけないので帰ったところに、ちょうど9月議会の原稿が入ってきて。「議員さんからこういった議題が上がってるので、もう蓋ができん」と。

伸一: どういうこと?

順子さん: 「学校再開って話が出てますが、どうなんですか?」って。

伸一: 転がり始めた。

大和さん: うん、転がった。だからもう市役所としても火急の対応を迫られる・・・

伸一: 彼らとしたら、無いものになってればそのままフワーと居ればよかったけど、乗ったら乗ったで今度はこっち側の・・・同じ方向を向くようになった。

順子さん: まだ「再開の話が出てる」ってところまでだから「開く」っていうふうには決まってはなくて。で、なんかずっと動いてたよね。

大和さん: それでやっぱ問題になったのが耐震。「ここ(旧校舎)使えないよ」っていうのがあって。でも2014年度には間違いなくスタートしたいっていう・・・攻防というか、調整を。

伸一: で、仮校舎を建てるっていうことになったと(笑)。すごいな。

順子さん: 書面が届いたのは・・・そのあと。

大和さん: 9月の10何日かな。

伸一: あー、短いねやっぱ。スパンがすごい早い。

大和さん: で、20何日に・・・そうだ、26日が誕生日前だからいろいろ覚えてて。

順子さん: 真理子さんの誕生日(笑)。

伸一: 9月26日が誕生日じゃないの、俺だけだから(笑)。

大和さん: そうそう(笑)。
まあ、その時に署名を取り集めることになって。
もちろん小学校っていうのは地元で出してるものなので、地元の校区に自治会が、こうガッとひっつくものなんで。地元の意見も大事だから、とりあえず地元でも署名というか、要望書を作ってほしいと。それを持って議会に、市長に提出しよう、教育委員会に提出しようって話になって。
こういう動きがあるから、せっかくなんで今までSNSで反応してくれてた人たちにも署名くださいよみたいな。「30か40ぐらい来たらいいか〜」って。でも蓋を開けたら1日で100とか200とかボッコンボッコン。それを見たOG・OBの人とかからも職場でこれが回ってきたんやみたいになって。で、島外の方の署名だけで700集まったんかな。

伸一: すごいね。やっぱOB・OGの人たちだって、それは「閉まってる」っていうのと「再開する」ってなったら・・・たぎるものが。

順子さん: 大和さんがその時言ったのは、「出来るだけ島に関係のある人・・・高松とか、島出身で離れてる人とか、関係のある人から中心に署名を集めたい」って。だから私は友達に向かって、こういう活動してるから署名してください、っていうのは一切発信してなくて。多分こういうことがあったっていうのは、私だけの知り合いの人はそんなに知らない(笑)。

伸一: 僕はだって、知らなかったもんね。僕からしたら、急に島に引っ越したらしいて感じですよ。

大和さん: (笑)もうゴールから。

西川氏、WordCampで福井家と出会う

伸一: 大和さんと会ったのって、2012のWordCampの大阪のとき・・・2011?

大和さん: 宮さんと星野さんと。

順子さん: あれ?2014年度の”WordCamp Kansai”じゃない?

大和さん: そうそう、もう引っ越し後。

伸一: 嘘ぉ!?

大和さん: だからあの時、西川くん杖突いてたもん(笑)。

伸一: (笑)じゃあ、俺らもうバンコクに居たんだ。そうかそうか。

大和さん: 「何あの人?」とか言って。「バンコクからアレで来たの?」(笑)

伸一: 最後の飲み会まで居るしさ(笑)。

順子さん: そうすると、元々なんで西川さんと知り合ったかっていう話で。私がWordPressを仕事のなかでも中心に扱ってて、WordPressコミュニティに居て、西川さんもWordPressコミュニティに居て。で、西川さんは2012年の”WordCamp Tokyo”の実行委員長で。

伸一: そう。委員長やってたからね。

順子さん: 私は2014年の”WordCamp Kansai”の実行委員長で。

伸一: そっか・・・あー・・・そうそう!引っ越してたわ。離れてるけど、大阪でやるっていう感じだったもんね。で、その前に走り始めたときはまだ大阪に居たもんね。

順子さん: そうそう、まだ私はここに引っ越してくるってことが決まる前に、”WordCamp Kansai”をやる、実行委員長をやることが決まってて。で、みんなに相談した時に、私もここまでべったり島に居ることになると思ってなくて、大阪ともうちょっと行ったり来たり、大阪と半々生活みたいになるかな、みたいなのもあって。「仕事場も大阪だし、関西の実行委員長そのままやってていいんじゃない?」って言ってくれて実行委員長したんだけど・・・まあ、島に居たっていう(笑)。

大和さん: 毎晩宮さんの声聞いてたから。ミーティングする時に。

順子さん: (笑)ものすごく助けていただきました・・・宮さんには。

伸一: 宮さん入ると良くなるんだよね。

大和さん: すごく一生懸命。

順子さん: WordCampの実行委員長をするっていうのは、すごいミーティングが多いので。常にオンラインでミーティングをしてて、それをずっと聞いてる、っていう。島生活の最初。

伸一: 引っ越したあとだね、それは。でもその時はもう学校開いてるわけだし。
最初3家族でスタートでしょ?

真理子: 小学校だけでスタートしたんですか?

大和さん: 小・中。

順子さん: 中学校・・・1年生か。中1と小学生で、無事2014年に開いて。
で!図書館ですよ!

男木島図書館、設立構想

やっと今回のタイトル『男木島図書館が出来るまで』(笑)。

伸一: 「出来るところまで」でいいですから今回は(笑)

順子さん: はい(笑)。今・・・出来るまで、作るまでの話でもう45分くらい喋ってるっていう。

大和さん: でも、だいぶこれではしょれるようになったからね。もう何百回と話してる(笑)。

伸一: でも僕ら、初めて聞く話多いよね。その前のこととかね。動き始める前のこととか。

順子さん: その移住が決まったタイミングで、私は別にWebの仕事をしているのでここででも仕事は出来るし、それだけやっててもいいんだけど。「せっかく島に来るんだから、ここじゃないと出来ないことをできたらいいな」って思ったのが1個。あと、私たちは学校が開いたけど、学校が開いて「おめでとうー」ってゴールなわけじゃなくて、この学校を維持していくことを考えないといけないよね、って。

大和さん: 責任が!

順子さん: すごく重く考えてるわけじゃないんだけど、そのほうが子どもも増えたらうちの娘も楽しいし。そのために出来ることって何かなーって思った時に、子どもの学習環境とか、島の人とのコミュニケーションってどうなってるのかな、みたいなのを(考えて)。
私が来るのに不安だったから、それを解消できるような場所があったら、ちょっとみんな来やすくなるのかなーみたいに思って。

伸一: いや、あとから『図書館』って聞けば「なるほどね」って感じだけど。そこのところから「図書館を建てよう!」へのジャンプは結構なものですよ。

順子さん: それは結婚して大和さんにずっと・・・私の持ってる本が「邪魔だ!」と言われ続け(笑)。何度「もっと減らせ!」と言われ続けて。

大和さん: 管理できればいいんだけど、管理できないのに増やしていくのは愚の骨頂だ、と(笑)。

伸一: 『本の人』ってそういうとこあるよね。よくわかんないけど「本のために床を補強する」みたいな。

大和さん: 実際、床もう抜いてたし。

順子さん: 押入れもね、歪んだことがある・・・。

大和さん: あわてて本棚のけて、賃貸の大家さんに「いやー、なんか急に抜けたんですよ」みたいな(笑)。

順子さん: それで、「これは島に引っ越しとなったらまた絶対に『本を処理しろ』と言われる・・・あ!図書館!」(笑)

本が役に立つことを示せば「捨てろ」と言われないんじゃないか、っていうところも根底にあった。

伸一: そうか。。それで図書館ねぇ。

大和さん: でも、最初学校の再開準備をしてる時に、当時の教育委員会の次長さんがすごく理解のある人で。私たちが帰ってきてからどういうふうにやるかとか、どういう展開をしていくかっていう事も相談に乗ってくれて。ビジネス以外のところで、こっち順子は図書館をしたい、僕は男木島生活研究所を利用したい、っていう話をしたら、「じゃあ各関係窓口の人、市役所の人を紹介する」って。

それでいろいろ相談したけど、図書館はわりと行政の中でも食いつきが良かったけど・・・

順子さん: 食いつきが良かったっていうか、わかりやすかった。

伸一: 「図書館があるんです〜」って言うと、みんな「えぇー!」って、フワァ〜ってなるじゃん。『男木島図書館』っていう・・・?華?(笑)華がある。

大和さん: キャッチーだよね。

伸一: そうそう!すっごいキャッチー。で、古民家を改修して・・・

大和さん: 違う西川さん、『ヴィンテージ・ハウス』!

伸一: (笑)まあいいや、『ヴィンテージ・ハウス』ね。

大和さん: ・・・これ(写真)だからね。これ『ヴィンテージ・ハウス』とかじゃないですよ。『グリーン・ハウス』だよ『グリーン・ハウス』!

『男木島図書館ができるまで』展より。作業開始前の緑に覆われ尽くした古民家、ビンテージハウス、廃屋。。。
『男木島図書館ができるまで』展より。作業開始前の緑に覆われ尽くした古民家、ビンテージハウス、廃屋。。。

伸一: (笑)ツタに覆われた写真を指差しながら。

順子さん: よく説明する時に言うのは、「古民家じゃなくて、ここは廃屋でした」って。

伸一: そう、「廃屋」!「廃屋」だよこれ。おかしいでしょこれ。

真理子: もう崩壊寸前みたいな感じですよね。

大和さん: もうほぼほぼ崩壊(笑)。

伸一: その写真・・・その茶色いやつは、こっちの緑色のやつ(写真)のツタを剥いだらそれが出てくるの?あ、裏側から?

右側に写っているのが、緑を剥いだら出てきた様子。今の男木島図書館の裏側から見た図。
右側に写っているのが、緑を剥いだら出てきた様子。今の男木島図書館の裏側から見た図。
同じ位置から現在撮ってみたらこんな感じになる。
同じ位置から現在撮ってみたらこんな感じになる。

順子さん: 剥いだら出てきた(笑)。

大和さん: これとかも酷いっすね・・・。

順子さん: 家に見えないもんね。

伸一: 写真をUPしておきますよ(笑)。笑える感じ。

大和さん: 本当ひたすらね、ずーっと草刈り。いつまでも終わんない。壁側ね、また生えてくるんですよ。

伸一: そうだろうねぇ・・・まぁ見事に覆ってるもんだね。こんなふうに・・・すごいわ。

順子さん: 図書館っていうハードを欲しくて。「やりたい。どう思う?」って言ったら「いいんじゃない?」って言ってくれたから。

大和さん: 事前にね!説明さえしてくれれば!(笑)理解のあるほうだから!

伸一: タイミングの問題だったんでしょ?それは(笑)。

大和さん: 「急に」だから!

順子さん: 「急に」は怒られる・・・(笑)。「事前に説明したほうがいいんじゃない」って言ってくれたから、「じゃあ進めようかな」って思って。
(島に)来る前から一応物件探しとか、協力してくれそうな人に声をかけたりとかはして。

伸一: 元はここじゃなかったんでしたっけ?

順子さん: 最初はここじゃなくて、貸してくれるって場所があってそこでしようと思ってたんだけど。

伸一: 今、大和さんと順子さんの家のポンッっと目の前じゃん、すごいいいよね。

順子さん: それはすごく良かった。ここは、最初は見た時に・・・単に「どうにかしなきゃいけない場所」?(笑)

大和さん: ちなみに私、この40年横に住んでるけど、ここに家があるって認識してなかった。それぐらい、常にこの(写真の)状態。これでもマシになってるん違うかな?

順子さん: 蜂の巣が出来ちゃうとか、イノシシが来てよくない、とかもあったから。「家の隣だし、どうにかは出来たらいいね」「整備はしないといけないんじゃないのかな」って話はしてたのね。図書館にするっていう(話の)前に。
それで、もう1個借りられるって言ってた家が様々な事情により駄目になった時に、じゃあどこにしよう?って探して。私が「図書館したい」っていうのを、もう他の島のおばちゃんとかも知ってて「あそこはどう?」とか声をかけてくれたりとかしたんだけど・・・ちょっと狭いとか色々あって。「もう・・・ここどうかなぁ?」って・・・この廃屋を(笑)。

大和さん: みんなに止められたよな。

順子さん: みんなに止められた。「1000%無理!」って言われて(笑)。
でも大和さんは反対しなかったよね?

大和さん: うん、事前に(説明があったから)(笑)。いや、「いけるかな」とは思った。

伸一: でも、俺来たとき柱とか無かったけどね。一番奥の柱がなくて・・・

大和さん: たぶん西川くん来たのは、この辺りの写真の頃ちゃうんかな・・・

伸一: だと思う。その作業、漆喰塗ってるやつあるじゃないですか、その大和さんが下から顔を出してるでかい写真。それの直前の作業のところなんですよ。

僕が来たときの男木島図書館の様子。建築途中でした。
僕が来たときの男木島図書館の様子。建築途中でした。

順子さん: そうそう、漆喰の下地を塗ってもらった。

伸一: だから床はなかったし、あそこはジャッキで上げてるんですよー、みたいなそんな感じ。あれの奥側のほうか、こっち側のね。

順子さん: それで、この家を『男木島図書館』にしたい、って思ったんだけど・・・「じゃあ、この家は誰のものなのか?」っていうところを司法書士さんに・・・

伸一: それすごいお金かかったんじゃなかったでしたっけ?

大和さん: 超かかった。

順子さん: 私はそういうことをしたことが無かったので知らなかったんだけど、「権利者を1人探し出すごとにお金がいくら」みたいにかかって。それは最初に何人居るとかはわからなくて(笑)。

伸一: それ途中で確認してくれるの?

順子さん: そうそう。それで8人ぐらいの段階で「今のところ8人なんですけど・・・どうしますか?」って聞かれて。

伸一: それって結局、誰か1人が持ってたっていうところがあったとして、そこからお子さんが2人居ました、そこから3人に分岐しました・・・みたいな、そういうこと?

大和さん: それと、横。

伸一: あ、横にも行くんだ。

大和さん: つまり、ここを持ってたのが初代なので、下からもう4世代いってるのね。それを全部追いかけるっていう。

順子さん: それで最終的に・・・8人とかで「どうしますか?」って言われても(苦笑)。「いや・・・もう最後までやってください」って。

伸一: 8人分はお金かかるわけですよね。

順子さん: 「もうお金出すからやってください・・・」ってお願いして洗い出してもらったら、最終的に13人居て。そのうちの1人がたまたま島で大和さんがけっこう仲のいい人だったから、「ここを・・・!ここを糸口にして話をしてもらおうか・・・!」みたいな。

伸一: そこから13人に話さなきゃいけないんだもんね。

大和さん: 全部書類とか書面とか用意をするから、連絡とか話しづらい人にはメールで。郵送だけでもいいよ、みたいな。そしたら横からも連絡行くと思うから、って言って。

順子さん: そしてその権利がまとまったのが2014年の12月。冬・・・年越し。

大和さん: 1月ぐらいだね。

伸一: そうか・・・僕が男木島図書館を訪ねるまで、あと6ヶ月!!(笑)

大和さん: 6ヶ月(笑)。

伸一: だから、やっぱ1年だね。2月14日がオープンじゃん。2016年の2月14日がオープンだから。

順子さん: それで2015年に・・・その(前年の)2014年にやってて、私は「ひとりで、特に法人とか作らないでやってもいいかな」と思ったんだけど、行政の人の話を聞いたり、みんなに手伝ってもらったりしてる段階で、「あ、ちょっとこれは形をちゃんと作ったほうが力を借りやすいな」と思って、NPO法人にしようと思って。

伸一: ちなみに『NPO法人男木島図書館』って言うの?

順子さん: そうです!図書館のことをします!っていうNPO法人。

伸一: わかりやすいね。

順子さん: それで1月に権利も手に入ったので、やっと改修が出来ますよ!(笑)

移動図書館からスタート、長い工事の道のり

伸一: 手をつけられる。

順子さん: 手をつけられる・・・って草抜きし始めて。

大和さん: ほんっと、ゴミすごかったよな!何回ゴミ捨て出したのか、わかんないぐらい。

順子さん: それで途中でもう、そのNPO法人って、申請を出してから3ヶ月間「縦覧期間」っていう、みんなに「こういうNPO法人が出来ますよー、いいですかー」って見せる期間があって。それを終えて2月にNPO法人になって。それと同時に、「私、図書館やりたい!」って言ってるけど、図書館やりたいっていうのがどういうことか、みんなにわかってもらえるようにしたほうがいいなと思って、手押し車で移動図書館を始めて。

男木島図書館ができるまで、オンバでやっていた移動図書館。
男木島図書館ができるまで、オンバでやっていた移動図書館。

伸一: あれも見た目のインパクト強いもんね。本を積んだ・・・男木島の『オンバ(乳母車)』だね。

順子さん: 『オンバ・ファクトリー』さんに作っていただいて。
で(移動図書館を)始めて、なんとなくみんなが「あー、この子が図書館をやるんだ」と。

順子さん: 「あの家に手をつけ始めた・・・!」みたいな(笑)。

伸一: 確かにゴール見えてくるもんね。本を・・・今は手押し車に(笑)。

順子さん: そうやってるうちに、自分たちだけじゃ色々まかないきれないことも多くて。
片付けとかをやってるのを島の・・・島に来てる他の子とかが、「参加したいけど、いつやってるかわからない」って言われて、Facebookでボランティア募集とか始めて。

だからNPOにした段階で、男木島図書館は出来てないのに『男木島図書館』っていうHPとFacebook があって。「もう作ってるところから見てもらおう計画」(笑)。

男木島図書館のFacebookページ

伸一: それであのオンバを押してる画も、バーンッと。インパクト強いから。クラウドファンディングもあの写真だもんね。

順子さん: そうそう。資金は用意してたんだけど、やっぱり直し始めて「あ・・・足りないわ」って(笑)。

伸一: まず「ゴミ捨て・・・こんなに金かかるの?」だよね(笑)1回10万円。

順子さん: そうそうそう!だから最初はここも、大工さんとかに頼めたらいいな、って思ってたの。別に全部自分たちでやらなきゃ!って思ってたわけじゃなくて。
ただ、ここの設計を、自分たちでは設計できないから台湾に住んでた友達の五十嵐さんていう人に頼むことになって。台湾のアリシャン?っていう駅の設計とかされてるかた。公共のものとか。

伸一: へー!駅の設計。すごい。公共物。

順子さん: そう、公共物の設計とかされてるから・・・

伸一: あ、「人が居る」スペースとか。

順子さん: それで何回か見てもらって相談してく上で、最初はだから「台湾から、大工さんに来てもらおうか」とかって話を。

伸一: ゴミ出しにお金を使うまではそういう話ができていたのに(笑)。

大和さん: 「(大工さんにお願いして)2ヶ月ぐらいで終わらす」って。夏前に。

順子さん: 最初、夏オープンしようとしてたもんね。

伸一: 俺が来た時は「9月」って言ってた(笑)。7月の頃に「9月」って。「2ヶ月経ったけど・・・あれ?」っていう間に12月になってて・・・みたいな(笑)

順子さん: 資金も厳しいし、いきなり大和さんが「ある程度は俺達でも出来るんじゃね?」って言い出して。設計士さんに頼んで「ある程度セルフ・ビルドで出来るようにしたい」っていう方向でまた図面描いたり相談にかなり乗ってもらったりして。そこで6月くらいかな?6月頭とか5月末くらいだと思うけど、「あー・・・もう、うん!資金が足りない!」と思ってクラウドファンディングを。

瀬戸内海の小さな島”男木島”の図書館を本でいっぱいにしたい!(福井順子 (額賀順子)) – クラウドファンディング Readyfor (レディーフォー) 

伸一: そっか、そのタイミングで僕見たんだと思う多分。「あれ?なんか図書館建ててる・・・」。

西川氏、男木島移住のきっかけを得る

で、クラウドファンディングで・・・あれ応募すると何がもらえるんだっけ?

大和さん: 干しエビとか。

f伸一: そうだそうだ。橋本さんの。
それで見て、足を折って行った・・・WordCampの翌年の同じ時期に僕が来たんですよね。

順子さん: 西川さんが「なんかちょっと行ってみたいんだけど〜」みたいに。でも正直・・・そこまで仲良くなかったよね別に西川さんと(苦笑)。

伸一: うん。だって離れてるし、会うのはイベントの時だけだから。

大和さん: 「日本に居るし、ついでに寄ってみよっか〜」みたいな。観光的な。

伸一: でもあの時俺ら・・・もうちょっとね。

大和さん: 予感があった?

真理子: 西川くんは「ちょっといいと思ってる」みたいな感じで言ってた。

伸一: 「住むのもあるかもしれない」っていう話は。なんとなくですよ?「なんかあるような気がする」。

真理子: 写真とかを見て。

順子さん: 「ずっと土木をやっている・・・」(笑)。

伸一: 別にそんなにマジでみたいな話じゃなくて、フワァ〜ッと。

大和さん: 「いいなー」みたいな。

順子さん: 西川さんんもその時「男木島でどんなことやってるのか見たい」って感じで、ガッツリ手伝うよ、って感じでもなかったんだけど、ちょうど取材とかも来てて。

伸一: 瀬戸内海放送の増田さん!

大和さん: 運命の出会いが(笑)。

順子さん: その時の図書館を手伝ってくれてた人たちが、『謎の、バンコクから来た西川さん』と『東京から来た女子高生』っていう(笑)。

伸一: (笑)浅草から来た女子高生ね。そのお母さんも居たからね。

大和さん: ちょうどあの時は保育所、保育園を再開しようっていう準備とか動きを活発にしてる時で。

伸一: そうそう、その時の放送でも浜の向こう・・・漁協の前を歩いてる親子を映して『あの親子も、保育所の再開を心待ちにしている・・・』っていうのをテレビに差し込む大和さん(笑)。「キタッ!」って。

順子さん:その取材のテレビの中で、私は見てなかったけど、放送見たらいきなり西川さんが「住んじゃおっかな〜!」って言ってて(笑)。

男木島に引っ越しちゃおうかな、って言ってる僕
男木島に引っ越しちゃおうかな、って言ってる僕

伸一: ポジティブ最強ですよ。

真理子: サバイバルがなんちゃらみたいなこと言ってたよね(笑)。

伸一: 「何でも作る!」みたいな。

順子さん: でもそこから、本当は2ヶ月後に図書館はオープンの予定だったんだけど、9月にはまだオープンされず・・・

伸一: そこから半年だよね。だいだい半年ちょっと。

男木島図書館工事、まだまだ終わらない

大和さん: わりとそこ越えてからラクになった。夏を越えてから。この辺り(写真)から作る行程がどんどん増えて。

順子さん: 作るのは楽しいよね。

大和さん: この(写真の)辺とか、精神的に超しんどかった。

順子さん: この辺っていうのはゴミ出しですね。ゴミ出しとか・・・あとここ大変だったのは、最初床を開けたら、この床下に大きい亀裂が走ってて。私は『男木島のグランドキャニオン』って呼んでたんだけど(笑)。

伸一: 図書館の下に。

順子さん: 家がほっとかれ過ぎてて。家の周りのほうが、家よりも高くなっちゃってたから、周りの水が全部家の中に流れ込むようになってたから。

伸一: あー、そういうことなんだ。周りは土砂が積もるけど、壁とかに阻まれて中は低いままなんだ。

順子さん: それで、その水で削られて土が全部流れ出て、ってなっちゃってて・・・じゃあ、それをどうしなきゃいけないか。ただ埋めるだけじゃまた同じことになるから、この家を周りの土地より高くしなくちゃいけない・・・そのためには周りを掘るしかない(笑)。

伸一: 俺来た時に上の塗るやつと、周りに側溝っていうか、パイプみたいな。でもあれでも高さ足りなかったんだね。もう1段低くしたんでしょ?

順子さん: そうやって水はけを良くして。庭だったところも、元あった納屋か何かが崩れたまんまらしくて瓦とか全部出したまんまで。それを全部掘り出して、捨てて・・・。

伸一: それこの写真の辺り?一番ストレスフルな頃。

大和さん: 結局その作業って、『老人と海』を作る時までゴミはまだまだ出たもんな。

順子さん: だから夏越えて、作るようになったらだいぶ楽しくなったけど。あと平行を出すのが大変。
私は家を建ててて初めて知りました・・・「5mmのズレが20cmになる」。

大和さん: (笑)それはもっと、西川くんと清野くんに教えたい。

伸一: (笑)うちは5mmずれたまま、真っ直ぐ行かず途中で「・・・あ、ズレてる・・・(無理矢理)ガーンッ!」ってそのまま(笑)辻褄を合わせて。それは最終的には後から大変になっちゃうんですけどね。

順子さん: ドアが閉まらなくなっちゃう・・・そもそもドアが付けれなくなるとか(苦笑)。建具むずかしい・・・。
そういうことを経て、あとは淡々と作って。作って行きながら西川さんが引っ越して来るっていう話が出て、「じゃあ、保育園を開ける」っていう話が同時進行して。

保育所開設にも動き出す

大和さん: 西川くんから預かったレターを市長に届けて。

伸一: さっきの話聞いてて思ったんですけど、9月の議会があって12月があって。で、保育所がオープンするっていうのが僕ら引っ越してくる直前の12月末だったじゃないですか。

大和さん: 1月ぐらいですね。

伸一: その前に1回来た時には市役所に・・・こども支援課かな?子育て担当課のところに行ったら、感触としては「絶対にはっきり・・・とは言えないけど開く・・・っぽい」みたいな(笑)。

大和さん: そう、モニャモニャしてて(笑)。

伸一: 市の人が決まってないのに言えるわけないけど(笑)。

大和さん: でも「絶対NO!」っていう感触ではない。

伸一: 帰るときにも、「どうなんですかね?何だろうあの態度は」って言ったら大和さんは「いやあのね、NOの時はもっと超冷たいっすよ。だってお世話できないから。市の人もその人(の話)に付き合っても『無理なものは無理なんですー』って帰ってもらうしかないから。それじゃないっぽいですね」みたいな。

あの時俺らヤキモキしてたから。それは・・・故郷の島で「いや、無理なんです」「10年待ってください」とか言われたら・・・それはすごいなと思ったもんね。俺らも待ってるとき「・・・どうなるんだろう」って。

順子さん: 身の振り方を決められないで、待ってるだけって・・・ちょっと。

伸一: 住む場所とか、その後の何十年みたいなやつが決まるか決まらないか、みたいなのがそういう風になるのが辛い。

大和さん: あれ以上のエネルギーを使うことって、そうそう無いと思う。人生でも数えるぐらい。

順子さん: それで今、おじいちゃんみたいになっちゃってるの?(笑)

伸一: 島に居る小さい子、だいたい4歳未満の子どもを「ホーヤ!ホヤホヤ!」って可愛がる。

大和さん: でもだいたい嫌われる(笑)

伸一: (笑)熱を感じるんだね。「かわいいなー!!」みたいな熱

大和さん: 図書館にしても保育所、小学校にしても、開けて・・・ハードを作っておしまい!っていうんじゃなくて。結局10年、11年、12年・・・が少しでも長くなればいいな、みたいな。

どんどん人が減っていってるじゃないですか、世代・・・日本中の人口が。その中で、どっかでゼロになることはあるんだけども、それをいい形で・・・自分たちでコントロールしてゼロにしたい。ある日突然バーンッ!って「ゼロになります!」っていうんじゃなくて、きちっとコントロールしながらゼロになるほうに持ってくのか、そうじゃないほうに持ってくのかっていう選択肢を常に残せる状態、っていうのがやっぱりさっき言った小学校・保育所・図書館であったり、何かこうハードの役割というか。ソフトがあってもなかなか、それがうまいこと定まらないけど、ハードの中にそれが入ればきちっと方向性を出していけるから。

男木島図書館、様々な家族の移住のきっかけに

順子さん: 図書館としては、作ってるときに西川さんが来てくれて、図書館だけがきっかけじゃないかもしれないけど、きっかけとして引越してきてくれて、移住してきてくれて・・・

伸一: 図書館が無かったら来てないよ。きっかけも無いし、「場」が無いじゃん。本当に『誰々さんち』『誰々さんち』『誰々さんち』っていうのだけがあった場合・・・やっぱり居場所が。

大和さん: 居づらいよね。

伸一: 居づらい。うん。

順子さん: で、よくこのPodcastで言われている『ダモンテ家の衝撃』(笑)。

伸一: 『ダモンテ家の衝撃』が男木を襲うまで・・・あと半年!(笑)

順子さん: ダモンテさんたちも、ここをきっかけに。男木島図書館にある『移住相談、受け付けてます』っていう看板を見て・・・移住してきてくれたし。もうなんかある意味、上々じゃないかな。

伸一: 「こう」なるはずだったんですか?

順子さん: こんなに早く・・・成果っていう言い方も変だけど、目に見える形で何かが起こるとは思ってなかった。

大和さん: 超プレッシャーだよ・・・こんなに物事がうまくいくから(笑)。うまく行き過ぎて。

順子さん: 最初に話してたのは「1年に1世帯」。来る人が増えて・・・

伸一: 1年に1世帯ずつ増えてくれば。今年もうだって・・・3世帯?

真理子: 3世帯。

伸一: 年度で言ったら俺らは前年度だけどね。

大和さん: 来週また、地域おこし協力隊の方が。

伸一: お・・・来た!今、トイレ直してるんでしょ?(笑)。なんで島民が地域おこし協力隊のために・・・なんとか邸のトイレを直してる(笑)。

順子さん: しかも今年はそれで言ったら、子ども居る世帯が西川さんところと、山口さんのところと2世帯来てくれて。

大和さん: 考えられなかった。4年前とか。

伸一: まだ電話してブチ切れてるときとかにはね(笑)。

大和さん: あの時「やばい・・・この島やばい・・・」って思ってた人はいっぱい居たと思うし。でも、そこの中に手を突っ込んだ人は何人も居なかったっていう。

伸一: そのタイミングにどういう出会いかたをするかとか、エネルギーが出る・・・例えばひなちゃんのその帰ってもいい発言がポーンッ!っていうのと、あとその・・・溜め?「10年待ってくれ」みたいな。「なぁにぃ〜!?(怒)」っていうか「それやれや!」みたいなやつと、図書館と。船でタイミングよくアツシ兄と会うとか・・・そういうなんか・・・

大和さん: 運命、じゃないけど、めぐり合わせみたいな。そのめぐり合わせのワンチャンスを触るか触らないか。

みんなたぶんね、それぞれ均等にチャンスは来てるはずなんだけど、図書館の話にしても学校の話にしても、西川くんが図書館に来て「いいな」って思う・・・もう、ワンチャンスやん。そのワンチャンスに行動するとだいたい成功するけど、じゃ「ちょっと考えます」は駄目。駄目じゃないけど、多分すごくしんどくなってく。

伸一: それよく言ってるよね。よく移住の相談に誰かが来た時に、「なんか相談に来てましたね」って言った時に「・・・でも、考えはじめると辛い」ってよく言ってますよね。僕らの時みたいに、来て、帰る時に「家の手配しといてください!」だけ言って帰るみたいな(笑)。

大和さん: 「じゃあまた〜」って(笑)。

伸一: 真理子さんも伝えたら「スーパーと学校の写真だけ撮ってくれ」って。

大和さん: なんか(順子さんが)一生懸命撮ってた、ずーっと(笑)。

伸一: スーパーは無いんだけどね(笑)。

順子さん: 「農協でいいですか?」みたいな(笑)。
でも、真理子さんすごいと思う。だって、初めて来た日は引越して来た日じゃないですか。

大和さん: Facebookをさ、3月の・・・

順子さん: 末くらい?

大和さん: 二十何日だったっけな?真理子さんの足にしがみつく佑生くんと・・・真理子さんの顔が(笑)。

真理子: (その時)テレビの取材も入ってたでしょ?疲れてた・・・(笑)。

伸一: 俺らヘロヘロだったよね。

大和さん: そうか、タイから東京飛んでそのまま来たから・・・

順子さん: 荷物がけっこうあって。

真理子: そうだよダンボール・・・

大和さん: 行くなりテーラーに荷物を積まれて。

順子さん: 家族の記念写真を私が撮ったんだけど、その中に大和さんが荷物積んでる姿も写ってる(笑)。

伸一: (笑)テーラーに荷物を運ぶっていう。

じゃあ、その辺の話をちょっと次回・・・今、何分だ?1時間15分。
図書館もう出来ましたね今!?

順子さん: はい出来ました(笑)。

大和さん: 出来た頃!

伸一: いえーい(拍手)。

順子さん: (図書館が)出来たあとに西川さんたちが引っ越してくる。

大和さん: で、そのタイミングぐらいで・・・奴らも来たわけですよ。

伸一: (笑)そう!ダモンテ家!

大和さん: 山口くんたちも多分・・・

順子さん: それぐらいだった。多分図書館を作ってるときに来て見てて、「図書館できるのはいいなぁー」って言ってくれて、「絵本とか良かったらありますよ」みたいに言ってくれたりして。やっぱ子育て世代・・・子育て世帯だけじゃないけど、子どもも喜んでもらえたら嬉しいよね。

大和さん: 待機児童なんか出ないんだから、この島。

伸一: そうだよね!「待機児童問題で困っている皆さ〜ん!!」

順子さん: 「皆さ〜ん!男木島がありますよ〜!」

伸一: 定員まだあるし、なんなら拡張してもらえば。

真理子: 小・中まで行けるしね。

大和さん: 超あんしん。

順子さん: 目は・・・行き届き過ぎてるぐらい(笑)。

真理子: 先生もたくさん居るしね。

伸一: 「先生のほうが多いですよ!」(笑)。

大和さん: でもほんと、今の学校とか超快適やもん。新築。

順子さん: 新しい学校すごいきれいだよね。

伸一: 建物!ハードが!

大和さん: すごくうらやましい。

伸一: 前のはどんなんだったんだろうね・・・うちら知らないからね。

順子さん: でもキレイだったよ。

大和さん: 石造りの、本当に昔の小学校。

じゃあこれ・・・後編に?

伸一: 後編なのか・・・中編の可能性がありますね(笑)。

大和さん: でも、最初の序盤戦みたいな・・・

順子さん: よくまとめて話せるようになりました!

伸一: そうだね・・・これだけ混沌としてたら話し方も難しいでしょうね。

大和さん: 多分ここから『順子編』『大和編』になる・・・分岐するんちゃう?

伸一: それもいいかもね。

真理子: どうやって分かれるの?

伸一: ちょっとやってみるか。

じゃあ今回はこんなところで。

順子さん: はい、『男木島図書館が出来るまで』。

伸一: 出来ました!(拍手)
じゃあ、ありがとうございました。さよなら〜。

(全員:さよなら〜)

『男木島図書館ができるまで』展
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10: 男木島図書館ができるまで
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